□塩と水


夏も真っ盛りの八月半ば、部屋を差す陽光が激しく壁に掛かる温度計を見ると針は三十八度を指していまして、湿度の方は如何なものかというと八割弱、流石の私もこれはやっていられないということで冷蔵庫を開けその前で涼んでいた。それで気付くと冷蔵庫の奥の方に西瓜があって、恐らくそれは先日まで私の家に棲みついてた一人の女性が置いていったものであり、これは天の助けとばかりに西瓜を切ることにした。


暫く包丁を西瓜の堅い外壁にあてたり刺したりと悪戦苦闘して、私は西瓜を口に送り込んだ。すると私の顔の窪みからゆっくりと涙が頬に伝った。殆ど水で構成されたような栄養も何もない真っ赤なスウィートに塩味が加わり、口の中で弾ける。その時ふと思いついた、『塩と水』とはそういうことなのか、と。


誰かが置き忘れた思い出に、少しの涙を混ぜてロマンティシズム。少しばかり塩分の効いた頭の中にだけ存在する味覚は、どうにもこうにも哀しさを助長させ、いつでも私の心を捉えて離さない。