ヴェニスの音楽隊

東京の空が灰色で不透明な印象を与えるのに対して、カリフォルニアの空は少しばかり青すぎた。


金もなくて何の才能もないがカリフォルニアに来ればなんとかなるだろう、って思ってちょいとばかり友人たちから永遠の借金をして高飛びしたはいいが、半年を過ぎた今現在、職無し宿無し文無し、ときた。おいおい、それはないでしょ、ってな感じで憤ってみるもそこは夜のヴェニスビーチ、いかつい黒人やらわけわかんねぇとっちゃん坊ややらハシッシッで底の抜けたコーカソイドが徘徊する小汚いスラム、潮風にまみれて、ボロ切れまとって、助けて(HELP ME!)って書かれたボード傍らにフォーファイブフリーウェイの出口で施しを受ける毎日、いい加減潮だけじゃなくガスにまでもまみれちまう。


つーことで、俺たちは楽器屋を襲撃することになった。


襲撃1


俺たちは、魚顔の癖に猫を自称するファッキンニガーミスターキャットに誘われてハリウッドもほど近いサンセットブルーバード沿いにある小さなワールドオブミュージックというチャチなチャイナが経営する楽器屋を襲うことにした。キャットによると防犯設備が殆どないらしく狙い目とのこと、頭が悪いくせに薀蓄を語る男のことだ、信用性は低いが、別段やることも金もない俺にはナッシングトゥルーズなわけで、やらない理由もなかった。


まず俺たちはそこら辺に落ちていたポルシェのカイエンの中のコーカソイドを襲い乗り込んだ。久しぶりに(むしろ人生初?)乗る高級車のブルジョアジ漂うクセぇニオイが俺たちを苛立たせたが、チューンはラプソディのホーリィサンダーフォース。たまにはやるじゃねぇかコーカソイド、とゲラゲラ笑い、フォーファイブフリーウェイのど真ん中でコーカソイドを車から突き落とした。


後ろで幾台かのオンボロ車が事故るような音が響き渡ってきたが、既にガンジャで決めてる俺たちには拍手喝采の音、エレキギターの音に合わせて踊り狂い、ちょうどバックシートに積んであったバナナを食い散らし、横を走るキャディラックに皮を投げつけた。何やら文句を言うニガーのキメぇババァが可愛らしく見えて、思わず発情したので俺はパンツを脱いで重力に逆らい続ける怒張した一物を見せびらかしてやった。


ほどなくワールドオブミュージックに到着。ハリウッド郊外に位置する小さな、本当に小さな楽器屋だった。看板には擦れた文字で【WORLD OF MUSIC】と描かれていた。俺にはここに金があるとは思えなかったが、それをキャットに話すと、俺の言うことに間違いはないぜブラ、と気の違った言葉をブツブツと繰り返していた。


「YO、覚悟は決めたか、それともションベン垂れるか」「ションベンなんていつでも垂れてるだろ」「ジャップは黙ってな」「貴様が黙れよニガー、どちらにせよここからだぜ」「あぁ、俺たちのライフはここからだ」「始めるぜ、マグナムを出しな」「もう出してる」「ゲラゲラ、そのマグナムじゃねぇし」


俺はゆっくりとバッグからマグナム44とコルトパイソンを取り出した。ニガーどもも合わせておのおののガンを構える。ミスターキャットを押しのけ、俺が先頭で店の前まで出て行った。


「行くぜ?」


ニガーどもの頷きを確認し、俺は力強く、ドアを蹴り飛ばした。


そこから襲撃が始まった。


■■■


静かな波の音だけが響く、それがヴェニスビーチだ。


楽器屋を襲ったメンツであるマグロとヒラメを足して三で割ってその後ミンチしたような顔の【ミスターキャット】、ヒョロ長いくせに頭だけデカい【ペニスマン】、豚みたいなケツがいつも邪魔で正直ショットガンをぶち込みたくなる【ケイジェイ】、それからファッキンジャップ【俺】が一同に介して会議を開き始めた。年長であるミスターキャットがまず口を開く。


「YO、今日は集まってもらったのは分配のためだ」


「HEY、襲撃品のかミスターキャット


「そうだ、襲撃品のだ」


「だが、そいつらは売れんのかい」


「正直金の分配はいいんだが、インストゥルメンツは売れもしないし証拠にもなるしで使えねぇ、お前らが好きなの持ってけ、って話だ。丁度ここには四つの楽器がある、キーボードにギターに、ベースにドラムだ。YO、誰だドラムなんて一番デカくて金になりそうにないもん持ってきたのは」ケイジェイが恥ずかしそうに手をあげた。「それならこの豚野郎にはドラムをプレゼントだ、ファック!ペダルに足の小指をぶつけたじゃねぇかっ!」


「じゃぁ俺はギターを貰うぜ」


「焦るんじゃねぇぜファッキンジャップ」

   shut a fuck up !
「そこの小汚ねぇ口を閉じなニガー!今日は俺のバースディだぜ」


「オケェィメン、それはギフトとして譲ってやるよ」


「感謝するぜ」


「だがなジャップ、貴様は先月もバースディだったようだが」

 fuck u !
「気にするな」


それから俺たちはバンドを組むことにした、ってわけだ。


HEY貴様ら、貴様らは黒人たちが揃いも揃って【YO、YO、俺はLA生まれHIPHOP育ち、悪そうな奴は大体友達!】なんて吐きながらターンテーブル回してスマッシュパンプキンズのトゥデイに下らないラップなんか乗せてると思っているようだがそんなそこら辺に生えてるマリファナくらい間違いも間違い、むしろサンタモニカを優雅に歩くコーカソイドこそが【音楽=HIPHOP】とでも考えているらしく、どこもかしこもワックMC、クセぇラップが充満している。だがそんなのは俺らヴェニスには関係ぇねぇ、どこまでもカブいている俺らにはハードロック、否、メタルしかねぇ!


とりあえず俺はギターに触ってみた。


グレッチのテネシーローズ。ベンジーあたりが喜んで飛びつきそうなモデルだ。これも茶番か、マーシャルのアンプに繋ぐ。ストレイキャッツでも弾いてやろうか、と俺は思ったが、グレッチを手にすると、指が勝手に動き出した。


俺の指は滑らかにコードを奏で、インプロヴィゼーションを創り出す、俺はギターをやっていたことを今更思い出す、そこら辺にビッチが垂れたビチグソで埋め尽くされた肥溜めみたいな環境の中で俺はトニーマカパインに憧れてギターを始めた、トニーはいつも俺に向かって言っていた、「JUST DO IT, DO IT, DO IT, DO IT !!」って。俺はそれを頭に焼き付けながらひたすらギターに指を滑らせた。皮が弾け、血が吹き零れるまで、いくらでも俺はギターに触り続けた。


「YO、ファッキンナイスジャップ」


ジーザスクライスト」


「アンビリーバヴォ」


周りにいた奴らが騒ぎ出す。


俺は構わずグレッチに指を這わせる。


やがてケイジェイが砂浜にセッティングされたドラムセットに腰をかけた。スティックをゆっくりと頭の上まで上げ、スネアに振り下ろす。軽快なリズムの内からツーバスのずっしりと響く低音がヴェニスを支配する。


ジャップ如きに遅れを取ってたまるかとばかりにペニスマンもベースに手を出す。まだおぼつかない手つきながら、必死に重低音を紡ぎだす。「やれやれ、このナイスガイどもめ」と呆れ顔のミスターキャットもキーボードの白と黒が流れる鍵盤を叩き出した。その指の動きは、なんとなく往年の渋谷毅を思わせた。


それから一時間ほど、ちょうどヴェニスの水平線に陽が沈むころまでだ、俺たちはなりふり構わず演奏をし続けた。とても聴けたものじゃなかったかもしれない。だが、俺たちは、少なくとも、一体化し、一つのハーモニを作り出していた。


いつの間にか、周りには人だかりが出来ていた。主に俺たちホームレス仲間だが、中にはヴェニスビーチにサーフィンを楽しみに来たビッチや、観光客なども混ざっていた。俺たちが演奏を終え、汗を拭っていると、自然に拍手が漏れてきた。


「お前らは、SOクールだぜ!」


「こんなファッキンな演奏は聴いたことがねぇ!」


ヴェニスからついに音楽隊が現れた!」


口々に賛辞の言葉が俺たちを襲った。


拍手の渦に俺たちは巻き込まれていった。


褒められたこともなく、ただ流れていくこのエヴリディライフを罵倒と暴力だけで凌ぎを削ってきた俺たちには新鮮な感覚だった。YO、考えてもみてくれよ、生まれたときからだぜ貴様、てめぇは望まれた餓鬼じゃぁないんだぜファッキンジャップ、ってな按配で俺の行く末さよならだけが人生だなんて言われて、殴られぇ、詰られぇ、ウマク立ち回ったり更なる暴力でケリをつけたりの俺がだ、こうやって賛辞の言葉を送られるなんてよ、信じられるか?拍手を送られるなんてさ、素直に信じられるか?


生きていれば、いいことが、あるって思った、そんな瞬間だったぜ。


おそらく、そう言っても過言はない、そんな瞬間だったんだぜ。


とにもかくにも、俺たちは、ビールを飲みながら、笑いあっていたんだ。こんな瞬間が永遠には続かない、って判っていながらも、夜が更けるまで、ずっと笑いあって、make it count、って口々に叫んでは、踊ったり、唄ったり、していたんだ。夜が更けるまで、ずっとだ。


「しかし、この白と黒は、ある意味、アメリカ社会だな」


誰もいなくなった、ヴェニスの夜午前0時、興奮から冷め薪を囲んでいた俺たちに向かって、何とはなしにミスターキャットは呟いた。奴の視線の先にはキーボードが置いてあった。鍵盤が織り成すモノクローム。ニガーどもは何故か俺を見た。白と黒のどちらにも属さない、俺を見た。俺は首を振り、それを合図に、俺たちは、ねぐらへと帰っていった。


俺はトーキョーでは糞な奴だった。


親父は寝たきり、お袋は何をトチ狂ったのか俺が六歳の時に自殺、じぃちゃんばぁちゃんは那須高原りんどう湖牧場で毎日牛相手に隠居。糞っ垂れた生活が身に染みた俺は中学を出ると、あぅあぅと何事かを呻いている親父を置いて家を出た。


それからは更なる地獄みたいなもんだ。


浅草で家賃三万のマンションというかアパートというかむしろ実際はただの長屋なんだけど、キャバレで下らないボーイのバイトをしながら、暇があればその長屋で日がな一日友人から貰ったファミリィコンピュータでテトリスマリオ3ドクターマリオ、この三つを三時間に一度ずつのサイクルで回していくだけなのであって、垢溜まるわ、ゴミ溜まるわ、家賃溜まるわ、栄養失調からか脂肪と筋肉だけがそぎ落ちていく毎日、そのリズム。それでも年月は簡単に過ぎていく。


おいおい俺そろそろ死ぬんじゃね、って本気で焦りだしたのがそれから三年経った今年の二月、やっとのことで東京の空気が俺には合わないってことに気付いた。そして、借金を重ねてLAへと旅立ったのだ。


バンドを組んでからこの方、俺たちは毎日練習に明けてくれていた。


たかがビーチでのバンド練習のいったい何に惹かれるのかは判らないが、ホームレスがビーチで必死にメタルを演奏しているのが面白いらしく、俺たちが夕方くらいに練習に繰り出すと、いつも人だかりが出来ていた。雑誌のライタだとか、正直ワケワカメな連中まで俺たちをちやほやし出し、もしかしたら調子に乗っていたかもしれない。


たまたまその日は平日昼間ということも手伝って殆ど見物客はいなかった。ギャラリがいないとモチベーションも上がらないぜブラァ、ってことで、練習を早めに切り上げ、俺がギターを弾き終わって涼んでいると、煙草をふかしたアジア女が俺を見ていた。


「YO、煙草を一本くれよ」と俺が言った。


「最後の一本だけど」と女は日本語で答えた。


「なんだ日本人か」と俺は女から無理やり煙草を奪い取り、火を灯す。ギターを砂浜に投げ、女の横に腰を下ろす。パーラメントライト、下らないほど洒落たフィルタを軽く噛む。「日本人はこんなところにいないでサンタモニカの生温い潮風にでもあたってな。こっちはお前らの来るところじゃねぇよ」


「あんたも日本人のくせに」と女は膨れた。


「俺のバックグラウンドは確かに日本人だ、だが今の俺はファッキンアメリカンだよ、もうそれはそれはファッキンなほどにな」


「そうやってアメリカナイズされた気でいるの」


「まぁ、そうとも言う」俺はめいいっぱい紫煙を肺の中に溜め込み、それを女の顔に吹きかける、その濃くて白濁としたスモークを鼻からもろに吸い込んだ女がゲホゲホッと咳き込み、手で煙を払う。なにすんのよー、とヒステリックに叫ぶ。ゲラゲラと俺は笑った。


「あんたら中々いい演奏するね、って褒めようと思ったのに」しかめっ面の女が俺を睨みながら言った。


「判ってんじゃねぇか、俺には才能があるんだよ」


「才能はないよ」


「知ってるよ、そんなの」


女は黙った。俺は、これだから厭んなんだよジャップはよ、と呟いた。LAにはジャップが多すぎる、俺のようにこの青すぎるカリフォルニアの空に憧れてわんさかわんさかと何も持たねぇファッキン豚野郎どもが親の金にあかせてやたらとやれ留学だやれ英語だとちまちま理由をつけては不法滞在の如く何もせずに居着いている、そしてその殆どがドロップアウトして、ちゃちな英語だけを身につけて帰って行く、まるっきり役に立たねぇ豚は、結局豚にしかなれないのだ。それ以外はコーカソイドと結婚するビッチくらいがいいもので、言ってみれば殆どが俺の仲間のような奴で、だからこそ見ていると吐き気を催す。


「てめぇも同じか」


「なにが」


「俺とだよ」


「カインドオブシッ、ってこと」


「そう、糞ってこと」


「私は…」


沈黙が、まっさらなビーチを、暫く、支配した。


「あー、聞いた俺が馬鹿だったよジーザス、忘れてくれ」


「私は…!」


俺は立ち上がり、女を見下ろす。


「一つ言っておくよビッチ、貴様がよぉ、いったいぜんたいどれほど糞で、むしろ俺がどれほどの糞かもわかんねーってことだがよぉ、中途半端な腐った冒険はやめろよ、まるで宮崎ナニガシであるとか藤子ナニガシだとかが描くみたいによ。あいつらはよ、日常から非日常に移って壮大なアドヴェンチャってな具合に美しい友情と努力と勝利なんてどこぞの週刊少年うんたらのキャッチコピィみたいな世界観を俺らに押しつけてくるわけだが、俺たちの人生ってのは一度行ったら帰ってくることの出来ない底なし沼なんだよビッチ。判るか?」


「あー今日も昼まで寝ちゃった、なんかカリフォルニアまで来て楽しいこととかハラハラすることが毎日のように僕たち私たちに襲いかかってくる、って思ってたのになんか違うなぁ、イケメンなナイスコーカソイドとセックスしたーい、スイーツスイーツ、私のオマンコなめて大きなディックで奥まで突いてよ、あれ、気づいたらもう一年も経ってるじゃん、そろそろ帰ろーかな日本も恋しいし」


「って豚みたいな妄想はやめろ」


「穴は、塞げばいい。だが帰れると思うなよ、ビッチ」


「冒険はやり遂げる事は出来ない」


「セーブは出来るんだ、貴様の背景は遺せる」


「あとはもう、冒険の書が消えてしまいました」


「ってところまで待つしかない」


「てめぇは、もう帰れねーんだよ」


俺がそう捲し立てると、女は呆然とした顔で、いくつかのカップルが俺たちの横を通り過ぎる間、俺の目を見ていた。俺はまたいくつかの砂浜に落ちたポップコーンが蟻によって巣の中に運ばれて行く間、女の目を見ていた。


それからどれくらい経っただろう、女は立ち上がり、ビーチの砂にまみれた俺のギターを拾い上げ、俺に、はい、と渡した。俺はそれを受け取る。女は、がんばってね、と言って、南へと続くビーチを歩いて行った。そして数メートル進んだところで、振り返った。


「また、見にきていいかなぁ」


「また、な」


「うん、また」


「次に来る時は、ビザとI-20を持ってこい」


「なんでよ」


「破り捨ててやるよ」


なにそれ、と女は笑い、そして駆け足でまたビーチを駆け足で進んで行った。俺は、ギターをマーシャルのアンプに繋ぎ直し、一人で、また、練習を続けた。


「YO、ジャップ、そろそろ一曲セッションしてみねーか」


「ニガァ、これまでもセッションならやってきたじゃねーか」


「違うんだよジャップ、ほんとのセッションってのはこんなもんじゃねぇ、もっとなんつったらいいんだ…、そう、セックスだよ!サイコーにいいビッチとの捲る捲るセックスさ、ねっとりとした粘膜に生で突っ込みながら愛を奏でる、そして最後には勿論イカなきゃならない、俺たちは逝かなきゃならないんだ」


「てめぇが何言ってんのかわかんねーよ」


「いや必ず判る、必ずだ」


「ペニスもなんか言ってやれよ、この魚顔はセックスのことしか頭にねーんだよ」


「俺もその気持ちは、なんとなく判るぜ。俺たちがこの楽器を弾いている間ってのはセックスに近い、ただまだ俺たちは何かが足らないんだ、経験が少ないからな。だからイクことが出来ない」


「てめぇまで頭ん中お花畑になったか、童貞野郎が」


「ど、童貞は関係ないだろ!童貞も守れないで何を守るってんだ!」


俺は白けたツラで怒鳴るペニスマンを睨みながら、ギターを手にする。


「つまり、こういうことだろ」


テネシィローズに指を這わせる。


ぎぎぎぎiiuぃぃぃいぎいしじじsじいjぢじいじじじじいぎgじあsfじじじfじじえいaaaaaaagjihiikiisjsisjijijoopooooooguぐぎぃじぢぢぃぃぃxierigriririrrrrrrmmジギグリィィィィィィィィィィ


暫く俺の音色に耳を傾けていた三人、キャット、ペニスマン、ケイジェィが慌てて自らの楽器を手に取る。皆の用意が出来たところで俺は四分休符一つ、手を止める。そこでベース、ピアノ、ベースが一小節ごとに入ってくる。さっき迄分散していたアトモスフィアが、三小節目で一つになる、俺たちは、サラダボール、否、坩堝の中で強熱融解した。


溶け出して、いった。


いつの間にか、昇ったばかりの陽が、傾きかけていた。


何時間、既に、ギターを弾いているのだろう。真っ白なタンクトップが赤くなっているのに気付いて指を見ると、血が吹きこぼれていた。痛みすら感じない。いつまでも続けることが出来るような感覚。ひたすらに気持ちのよい瞬間が連続していた。


「てめぇら、射精はいつになったら出来んだ、このままだといつまでも快感が続くぜ?」


「黙ってろジャップ、てめぇはいつまでもマスでもかいてな」


「あ?ぶっ殺すぞ、俺も早く中にだしてーんだよ」


「集中しろ糞ども、周りを見てみろ」


いつの間にか、百人を超えるカボチャどもに俺たちは囲まれていた。色とりどりのビッチやガキやうんこどもが静かに俺たちの演奏を聴いていた。余りにも静かすぎて俺は、そいつらが居る事にも気付く事はなかった。真夏の甘い汗と湯気に覆われて、無心に音をかき鳴らし続ける。数百に及ぶ野郎どもは、俺たちが作り出す不協和音で踊り狂い、声にならな歓喜の雄叫びをあげ、何かを口走っている。ただ、弦に指を這わせ、スティックを振り回し、鍵盤に叩き付けているだけの俺たちが、豚どもと一体化していく。屑ども、ビッチやニガァやコーカソイドや、或いはあの糞ったれジャップどもとの一体化、それはあってはならないことではあったが、たまにはいいものだな、と思ってしまった。たまには、いいものだな、と。


一瞬全員の音が自然に止まった。


観客どもはメルティングポットからひとときの解放を得た。


キャットもペニスもケイジェイも、誰かが音を始めるのを待っていた。


俺は、無意識のうちに、Bmを、弾いた。


勿論、あの曲だ。


今の曲調からは、がらっと変わっちまうが、このカリフォルニアに来て、魅力に取り憑かれ、このラグジュアリな空間から抜け出せなくなって、1969年以来、スピリットを失った俺たちが弾くのはこの曲しかないだろう。何故か、メタルしかそれまで演奏をしていなかったメンバも瞬時に理解し、続きを奏でた。



You can check out any time you like,


But you can never leave!


俺は、カラヴァンクラインのボクサーパンツの中に、射精した。


俺は、ジャップビッチと埠頭に座り込んでいた。ビッチのでかいケツの横でフナムシが動き回っていたので俺は潰した。


「汚いなぁ」


「知ってるか、フナムシって、英語で埠頭のゴキブリ、って意味なんだぜ」


「知らないよ、そんなどうでもいいこと」


俺は黙った。


「ねぇ、これからあんたはどうするの」


「俺か、俺は、そうだなぁ、暫くこうやって毎日セックスするさ」


「楽器と」


「そう、楽器と」


「私とは」


「たまにはな」


「ビザ、持って来たんだけど」


「やめとけよ、お前には似合わねーよ、お前は、そうだな、ジブリ映画のが似合ってる。どうみてもラースフォンナニガシってがらじゃねーや。あいつの映画毎回死んでやんの、病気なんじゃねーか」


女が何も言わないので女を見やると女はあの時と同じように澄んだ瞳で俺を睨んでいた。俺は睨み返したが、この女にはそんなことは意味ねーな、って呆れて、目をそらした。


「なぁ海に向かってションベンしねぇか」


「ムリだよ、足にかかるよ」


「たまにはションベンだって足に掛かりてぇのさ」


俺はジッパを目一杯あげ、全ての事を終えた後のジュニアを取り出し、ションベンを海へと流した。コガネ色に輝く水滴が、きらびやかな海へと投げ出され、浄められてゆく。俺は、面白くて、膀胱の中が空になるまで、力を入れて、放流を続けていた。


いつしかヴェニスヴビーチの名物となった俺たちはマスコミに取材されるわテレビジョンに映し出されるわのてんやわんや。勝手にヴェニスの音楽隊なんて、もうブレーメンなんだか、シェイクスピアなんだか判らないような名前を付けられる始末、ヴェニス違いもいいとこだ。


なぁ、どう思うよ。


俺たちは、毎日毎日、延々と繰り返されるのこのエヴリディライフを満喫しているんだぜ、毎日快感の中で過ごし、射精し、その上多くの人間と「何か」を共有する。どうなんだよ、こんな日々が続くってのは有り得るのか?なぁ、たまにはさ、二人の素敵な美女、それも一人は王女様で一人は幼なじみで、結婚を迷ったり、「俺の結婚前夜!」ってな具合に一呼吸入れてみたり、休みってのが必要だったりするんじゃないのか。冒険ばっかりしてるってのは、あんのかねー、って思わねーか。


すると、現実は、冒険へと迫る。


連日の賑わいに俺たち満足、これはもしかしたらもしかするぞ、と思いながら、メジャーデビュー→グラミー賞コースかよゲラゲラ、って笑っているとLAPDと書かれた白と黒のコントラストの効いた車が大量にきやがったのであって、ビーチはパンダになった。


どうやらあっけなく襲撃事件は明るみに出たようで(それはそうだ、これだけあの染みっ垂れた楽器屋からパクった楽器で演奏してテレビジョンに出ていれば誰にでも犯人は判る)、全員御用。しかし日本人という理由で犯罪に加担していないのかと思われたらしく、俺はVISA無しによる強制送還だけの模様。


だがな、行って帰ってくる冒険談なんて意味ないだろ?


俺は何しに来た?逃避か?冒険か?はたまた単なる旅行か?ブタ小屋みたいな生活にうんざりして、やっと空気の合う場所見つけて、スラムでカッコつけて、最後には屑にまで成り下がって人を殺したぜ。


少年少女のためのくだらないアニメーションの中では、いつも主人公どもがどっかに行って帰ってくるというどうしようもない仕様の冒険譚が繰り返されて、いつまで経っても奴らは冒険してきた世界に対して「Not give a fuck for nothing !」的なスタンスを保ち続ける。


 Don’t fuck me, buster?
なめんのもいい加減にしろよ?

そんなことが許されるか?許されるのか?このリアリティ溢れる俺たちが生きていかなければならない世界でよぉ、許されるのかよ。確かに二時間しか存在出来ない亜空間なら話は別かもしれないぜ、分断された世界なんて糞みたいなもんだからな。だがな、俺たちは違う。実際に存在する、俺たちは違う。行ったらよぉ、戻ってきちゃぁいけないんだ。


世界は、消えたりしないんだからな。


YES、だから俺は戻らないぜ貴様ら。少なくとも、てめぇらの思い通りになんてならない。例え俺が消えてしまったとしても、俺という、イメージは残るんだからな。そうだろう、プラトン


「YO、てめぇらはどういった理由で俺をJapanに突っ込むんだ」


「HEY、口を慎めよジャップ、お前は不法入国だ、だから帰る、それだけだ」


「DAMN!ここはてめぇの土地か、YO、てめぇの土地なのかよ」


「ここはアメリカだぜジャップ、イエロが住む場所じゃぁない」


「黙ってろよファッキン豚野郎、俺が言いてぇのはな、ここは誰の土地なのか、ってことだぜ。てめぇらアメリカ人の土地か?それともネイティブアメリカンとかいう噂のインディアンの土地か?そういう話じゃぁねぇだろ?ここは誰の土地でもねぇ、奪ったもん勝ちだぜ、それは貴様らが証明してきたんだ、判るな」


警官が俺を黙って睨みつけている。


「で、俺はヴェニスをなんとか占拠したぜ、だから不法なんかじゃねぇってことだ。その後俺たちはまたお前らに侵略された、それだけだ。だからな、変に俺に同情するのはやめろ、ってことだ。お前らはネイティブなんたらに何をした?ミ・ナ・ゴ・ロ・シ、だろ?そんで、お前らが偉大なるブリテンから襲われた時どうした?帰ったか?メソメソ帰ったか?踏ん張ったんだろ?俺もそうだぜ、俺も踏ん張るぜ、生きて、島国の土は踏まない」


そして俺は、呆然とする警官の腰に掛かったコックを素早く奪い取る。


そして俺は不敵な笑いを浮かべ、その銃口をこめかみに向ける。


パンダ野郎は驚きの表情で俺を見ていた。


俺は、指を少し動かし、鉛弾を発射した。




バンッ!!!!




んで、俺の人生終結


だが俺は永遠に不滅。


俺の後ろにあるイメージは永遠に行き続けるのだ。


俺のイデアは、永遠に残った。


■■■


襲撃2


とりあえず俺はファッキンニガーから受け取ったコルトパイソンと、デニーロがタクシードライバで自分に向かって撃ち放ったマグナム44を、一発ずつ両手を挙げている糞ショップキーパーに向けてシュートした。



バンッ!!!!



マグナム44は机に置いてあったレジを破壊し、コルトパイソンの弾道は真っ直ぐに店主の足へと突き刺さり、弾けた。ギョエー、とファッキン店主はおよそ人間らしからぬ叫び声をあげた。


「てめぇ何勝手に撃ってやがるんだ!弾がもったいねぇだろ!」キャットが言った。


「だまってろよニガー、レジも開いて一石二鳥じゃねぇか」俺も答える。


糞ニガーは放っておいて、俺は店主の正面に立つ。

what's up, men?
「調子はどうだい?」

pretty bad!
「糞だよ」


俺はもう一発、もう片方の足にパイソンをみまう。


また似たような声を挙げて店主は涙を流したが、俺には全然痛そうに見えなかった。


確かに店主は痛そうな顔をしていたし、叫び声もあげて、実際に血まみれになっていた。しかしながら俺には全く痛そうに思えなかったのだ。まるで茶番だ、と思った。


「お前、本当は痛くないんだろう」


ジーザスクライスト」


「こんな時だけ神に祈るのはやめろよブラザー」


「オーマイゴッシュ、我を助けたまえ…」


「ジジィ、神はどこにいる」


「神は、いつも我々のすぐそばにいる」


俺はパイソンを一発天井に撃った。


ジーザス…、後ろのニガーどものあきれる声がした。


「ジジィ、俺は神を知らない、だがお前は神を崇めた、だがお前はこの状況だ」


ジジィは肩を抱きながら震えていた。歯がカタカタと鳴る音が響いた。


「ジジィ、もう一度訊くぜ」と俺は言った。


「神は、どこだ?」


俺は、ゆっくりと、マグナム44の銃口を向けた。


「判った!神なんていない!いるわけないんだ!」


ジジィは俺を見上げながら涙を流した。何故、何故私なんだ、と嗚咽を漏らし、壁に寄りかかったまま、握りこぶしで必死に床を叩いていた。こんなに神に尽くしてきたのに、何故私がこんな目に合わなければいけないんだ、と言った。


「ジジィ、お前、本当に痛いか」


「よく見てくれ…この足を…、痛くないわけないだろう、判ったらもう撃たないでくれ」


お願いだから、お願いだから、撃たないでくれぇ…。


ジジィは俺に懇願した。


神ではなく、俺に懇願した。


だから、俺は、このジジィにマグナム44の引き金を引いた。


「や、やめてくれ!なんでだ!俺が何をした!」


「何もしてない、だからさ」


たった一つの鉛球によって飛び散った頭ん中身が真っ白な壁にコントラストを作り上げていた。ミスターキャットが「ジーザスクライスト」と目を瞑り、十字を切った。


「YO、メン、こんな時だけ神に祈るのはやめろ、って言わなかったか」と俺は言った。


「神だとか、神じゃないだとか、俺が言いてぇのはそういうこっちゃねぇ、判るか。確かに俺は全く以ってアメリカナイズされた糞腑抜け野郎になっちまって毎日々々ファックファックと大地に脱糞しては強いものだけ勝つと信じてやがる、だがな、それでも俺のアイデンティティはジャップだぜニガー。ジャップさ、ニガー。環境が変わったところで俺の背景は何も変わらねぇ。俺たちは神を別にけなしたりしねぇ、だがな、決して敬ってもいねぇぜ。ただ、俺たちが神だった、ってだけだ。てめぇには判らないだろうがな、ニガー」


アッラーヤハウェイもブッダもアフラマズダも、それがどれだって俺には関係ねぇ、何にも関係ないのだよファッカー。ただ俺たち自身が神であっただけ、いつまで経っても自分たちがアメリカ人でないことにすら気付かないファッキンアメリカンにはどこまでも判らないだろうがな」


「YO、だが俺は結構好きだぜマザーファッカー。貴様らマザーファッカーどもが常にファックファック垂れ流しているにも関わらず人の死に触れた瞬間に身を翻して神にすがったりするところがな。小汚ぇアメリカ人にも慈悲の心はあるんだ、ってな。だがそいつは死んだよ、既に死んだよ、肉体は完全に終わった豚野郎さ。もしかしたらてめぇらの言う魂の21gも砕け散ったかもしれない。だがな、一つ言えることはあるぜ」


「あいつの背景は、残った」


それから俺たちは糞っ垂れたヴェニスブルーバードを一直線に飛ばし、帰路に着いた。札束とハイネケンを片手に、100マイルでヴェニスブルバードをぶっ飛ばした。キャットは、いつかビッグになる、と叫んでいた。マイルスデイビスや、バスキアみたいに、何をするのかは決まっていないがビッグになってやる、と叫んでいた。ペニスマンは、ファックファックファーックビーッチ、と叫んでいた。ビッチ100人とファックしてやるぜっ今なら出来るぜっ、と叫んでいた。ケイジェイは、俺は幸せだ今が最高の幸せだ、と叫んでいた。こんな恵まれた仲間と腐った豚どもをぶっ殺して金にも困らないで、これ以上の幸せなんてない、と叫んでいた。


俺は、一人、煙草をふかしていた。


皆が、奇妙なテンションで異常な事態をやり過ごし、これからの幸せを噛みしめようと必死だった。緩やかなカーブを、ハイスピードで曲がるように、アクセルを限界まで踏み込み、西の空に浮かぶ夕陽に向かってダイブしていた。向日葵みたいに、ただ、本能に従って、太陽に伸びていった。


ただ、それだけ。