A PERFECT DAY

潮の匂いが海の上に建つコテージを包み込む、月が波に揺らぎ星屑がそれを飾る、夜空には北斗七星が掛かってたが、現在はビーチ脇に佇む椰子の樹が丁度邪魔をしていて見えない、桟橋から足を投げ出し胸ポケットからマッチを取り出し擦る、俺は葉巻を燻らせた。小さな南の島。


俺は日本円にして五千円くらいのはした金で買い取った十歳かそこらの女の子を隣に座らせ空を見上げている。よく日に焼けている華奢で健康的な身体、自らを強く主張しているような長くて真っ黒な髪の毛、その容姿を一目見たとき、俺は迷わず彼女を買うことにした。俺は静かに彼女に話かけた。


知ってるか、この海には「椰子蟹」と「バナナフィッシュ」がいる、


椰子蟹はさ、珊瑚の陰からそそくさとビーチの椰子の樹目指して横歩きなんかしちゃって椰子の実を喰らう、チョキンって椰子の実を樹から上手に落としてさ、でもね、可哀想な椰子蟹はその椰子に登っているところを人間に見つかり捕獲されてしまう、遠い寒い土地へ連れて行かれ、お仕舞いには柘榴と椰子の区別もつかずにひっそりと死んで、おまけにホルマリン漬け。


バナナフィッシュはバナナが大好物でさ、バナナが詰まったバナナ樽へ泳いで入っていくのはいいんだけど、バナナを食べ過ぎてその穴から出られなくなってしまうんだよ、大きくなり過ぎて岩の狭間から出れなくなった山椒魚と同じようにね、それで結局最後にはバナナ熱に罹ってあっけなく死んでしまう、バナナは腐ると怖いからね。


結局人間は二通りの死に方しかないわけさ、ホルマリン漬けにされるか、バナナ熱に罹って死ぬか、たった二通りだけ、その二者選択を貴様らは人生を通して考え、どちらがより自分の精神を楽にするか迷い続けるんだ。


それで俺は新しく「バナナ蟹珊瑚」っていうものを考えたんだ、その名の通り椰子蟹とバナナフィッシュを食べる珊瑚なんだが、初めは珊瑚じゃなかった、まず珊瑚ってのを説明すると、珊瑚礁ってのは珊瑚虫の塊みたいなものなんだけど、奴らは我々が人生に必死でしがみ付くように岩礁にこびり付いている、石灰質の殻で自らを覆って、数万年もかけて自分たちの砦を形成する、しかしそこは一重に他の生物達の温床ともなる。


そこでバナナ蟹珊瑚は考えたわけだ、せっかく珊瑚の名を冠するのだから俺も珊瑚に化けて迷い込んだあのバナナ野郎と蟹野郎を喰らってやろうと、上手い考えさ、奴らは馬鹿だからすぐに珊瑚に化けたバナナ蟹珊瑚の中に入り込んで喰われた、ホルマリン漬けにもされず、バナナ熱にも罹らず、奴らは原始的なたかが糞珊瑚の中でくたばっちまいやがったんだよ。


俺はバナナ蟹珊瑚になろうと思ったよ、奴らを食いつぶしていく小さくて原始的な糞珊瑚虫にさ、だが俺はさっき海に浮かぶ星屑の山を見て思ったんだよ、貴様を隣に座らせながら俺は思ったわけさ、よく考えたら俺には波浪に耐えうるしがみ付くべき岩礁も、自分を守る石灰質の殻もない、糞珊瑚虫よりも貧しい単なる人間だってことに気付いたんだよ、更に言わせて貰えば、にも関わらず俺は未だ人生にしがみ付いている、いったい俺は何だ?何のために人生にしがみ付いている?バナナを食うためなのか?答えてくれないか…、なぁ、答えてくれよ…? 答えてくれ…


少女は笑っている。


何故か俺も笑っている。


そして俺はコルトパイソンをこめかみに当てた。






さぁ、俺は死んだ、親切な俺はここで貴様らに問題を出してやろう、いったい俺は何が原因で死んだんだ? バナナ熱か? 或いはホルマリン漬けか? それとも糞でかい波の力で吹き飛ばされたか、いったい俺は何故死んだんだ?






参考:椰子蟹:宮原晃一郎
  :カフカとの対話:ヤノーホ
  :バナナフィッシュにうってつけの日サリンジャー