鼠の一日

俺が田園風景並ぶ畦道をゆるりと歩行していると、一匹の鼠がそこを颯爽と駆けていったわけで、よくよく拝見させて貰えば何やら米粒が口元にへばり付いている様子、たかだか鼠一匹が運ぶ米粒に何を目くじらを立てる必要があろうか、等と貴様らが仰りたい気持ちに理解は示すのだがそれはそれ、昔から鼠が塩を引くという諺ありきで、更に言わせて貰えば俺は先人の言葉は大切にしろという教育を受けた次第で、つまり鼠を追跡することにしたのである。


俺が鼠を追跡していて幾らも経たぬうち、突然鼠は糞をした、俺は感慨深い様子で鼠の脱糞風景を観察する、これが世に聞く鼠の糞、奴らの糞は世界中どこを見ても転がっており、さらに食すと辛いと評判だ、だが賢明な俺は鼠の糞を食したりはしない、ウィルスの危険があるのを知っているからだ、奴らの糞には危険なウィルスが紛れ込んでいる。


俺が鼠の脱糞風景を観察してからこの方、鼠の体から蚤が飛び出した、俺は危険を察知し少し鼠との間合いを広げる、奴らの体から現れた蚤は往々にして黒死病が齎した悲劇性を含有している可能性がある、奴らが欧州を壊滅寸前にしたのも俺は知っている、鼠と蚊はいつでも何かしらの破滅の媒介となり我々の前に姿を見せる。


俺が鼠から現れた蚤を回避する間、鼠は米粒を齧りだした、いかにも美味そうに齧るその姿は何か俺に忘れていた衝動、或いは欲望を喚起する、しかしそんなことは構わず鼠はこの世の至福を味わう様に米にむしゃぶりつく、溜まらず俺は鼠に話しかけた。


鼠殿、美味そうに食していらっしゃる、俺が話しかけると鼠は答えた、米ほど美味いものはないと先人はよく言ったもので、我々の仲間も米に惑わされたが為に穴に転がり落ちたりと数多くが死んでいったものですが、やはり食の追及には余念がありませぬ、俺は納得するように頷く。鼠殿、俺もその意見には賛成いたしますね、我々がその身体に生命を宿している限り、その身体が求めるものを与えてやるのが宿主の定めというものでありまして、それは一重に人生を彩る最高の絵の具というわけです。


鼠も嬉しそうに頷いた。そして質問を俺に投げかけた、ところで、




ところでさん、何故私は鴉さんの口に咥えられ空高く舞い上がっているのでしょうか、鼠は俺にそんな既に意味を為し得ないような質問をぶつけやがりまして、俺は誠意を以って答えるが良いと考え答えた、それはですね、至極明快な理由がありましてですね、俺は鼠殿の腸を胃の中に収めて当分の食としようかと考えているからなのですよ、この辺りといえば田園風景が広がっているのはいいとしてですね、人間の出す廃棄物が少なくて食料には少しばかりですが困っているのですよ、だから鼠殿を食すのです、鼠は納得した。


鴉さん、私は今日初めて、鴉さんのお陰でこのように高い場所から私が棲む街を望みました、素晴らしい景観を私に送ってくれたことを感謝するしだいです、今日は久しぶりに米にもありつけましたしどうも人生で最良の日であった気がしてなりません、と言った所で私にも心残りがありましで、家族のことです、どうか我が妻が棲んでいm


俺は鼠を咀嚼しゆるりと空を旋回しまして、七つの子が待つ山に帰ったのです。