悪党の墓

その時突然俺の胸の隙間から現れた百合のツボミが花開き俺を丸呑みにしたグシャ。

思うに今日という日は明らかにおかしかった。何故ならば、昼も過ぎた夕闇の中、淡い着物と番傘を肩に据えた或る種の浪人とでも言える様な風体の男が俺に近づいて来たかと思うと、裾口から取り出したパイプに火を灯し、俺に言い放った。


魚食めば

  魚の墓なる人の身か

    手向くるごとくくちづけにけり


不審に思った俺は、取り敢えず関わらないほうが身の為だということを瞬時に悟り颯爽と駆け抜けようとしたところ、逃げても無駄だよ逃げても無駄なんだよ、と耳元で囁いてきたので、このホモ野郎がっ、と絶叫しながらたまたま手に持っていたブロック塀を男の頭に叩きつけると、頭が割れた。
 
おーい、大丈夫か、と声を掛けてみたが反応はなかった。かわりと言ってはなんだが、赤黒いイカの酢漬けとも形容できる脳味噌が垂れてきた。大丈夫僕は大丈夫だよ、と脳味噌君がにっこり笑った気がしたので、僕は家に帰ることにした。

そんな事件があった矢先がこれだ。

もぐもぐと百合の花びらに俺の身体が噛み砕かれてゆき、音を立てて肉と肉が分断されてゆく。歯はぽろぽろとご飯がお椀から零れ落ちるように抜けてゆき、目はエアキャップを潰すように乾いた音で割れる、そして骨が静かに砕ける。血が吹き零れる


皮肉だね

悪党の血の方が綺麗な華が咲く


それはどうやら真実のようで、俺の血を吸い取ったこの百合は大きく成長していく、しかしそれは実際俺自身の胸の中で既に成長を始めていた百合の花がた偶然俺のした行為によって大きな変化を遂げただけのことだ。つまり自浄作用。俺たちはいつでも胸の中に百合を飼っているだけのことなのだ。


僅かにに残った俺の意識、俺は優しく百合の花びらに接吻をする。


これで貴様は俺の墓だ。