ジッパー


「ねぇまふみんはさ、恋したことある?」「いやない、そして恐らくこれからもないだろう。でももしかしたら愛することは有り得るのかもしれない。そんな気がする」「恋と愛か、その二つは何が違うのかな?」「さぁ実際のところ僕にもそれは判らないんだよ」「へぇまふみんにも判らないことがあるんだね」「判らない、判らないことだらけさ」


こうしたやり取りの後、俺はたまらず姉さんの左耳についているジッパーに恋をする。YKKと刻まれた姉さんのジッパーを引っ張りそのまま引き下ろすと、そこには姉さん自身が広がっていた。するりとその中に引きずり込まれるように入っていくとそこは既に闇の中、生温い液体に埋め尽くされた一つの空間をすいすいと平泳ぎよろしく深く潜っていくと、底へ近づくにつれこの液体どもは俺を優しく包みあげるばかりか苦痛を与え続ける一種の怪物と成り下がる始末、この豚野郎が舐めやがって、と激痛に耐えながら辿りついた先は俺自身の過去だった。


そこで突然俺の横を通り過ぎたるは糞を撒き散らしながら堂々と闊歩する犬だ。リードの先を見ると眼鏡をかけ良い年こいて頭の上にトンガリコーンをのせた俺のシリアルママ、おいおい犬の糞を片付けない飼い主はちょっと容赦できねぇな誰であろうとな、と殴りかかると、糞でも喰らいな、その掛け声に合わせて犬の尻からドバッ、俺の顔は糞まみれだぜ。


沈んでいく俺自身を見ている俺がどこかに存在しながら、仕方なく俺は姉さんの膝の上に頭をのせる。ねぇまふみんあなたの手は綺麗だね手が綺麗な人は心も綺麗っぽいけど実はあの山の上で美しい囀り声を上げているホトトギスの腹の中にいる寄生虫みたいなものなんだって、へぇそうなんだなんだか良いのか悪いのかよく判らないけど僕の手は綺麗だってことは判った、そう綺麗、透明すぎて見えないくらい綺麗。ありがとう姉さん、そう呟いて僕は目を閉じた。




ところが現実世界の彼女の耳は、僕がジッパー状のピアスを引きちぎったことにより裂け血が噴出しており、彼女は泣きながら僕をなじるだけ。僕は彼女の耳とその世界に敬意を表し、軽く接吻をした。