エイプリル

上野から山手線で出発し秋葉原総武線に乗り換え一駅つまり御茶ノ水でタイミングよく現れた前の中央線に乗る、そして新宿を通り過ぎたあたりであらかじめ持ってきておいたポカリスウェットを三口飲むんだ、そしたらそこからが俺たちの世界だよ、ようこそ虚構の世界へ。

魚臭くて顔もまるで魚というミスターキャットの不条理性を少しばかり信じてみようかと思いたち新宿を過ぎたあたりでポカリを三口胃の中に流し込むと俺は既に虚構の世界にいた。

ハロー虚構の世界よ、グッバイ現実、ってな具合で俺は住人達に挨拶をしてまわる。虚構の世界の住人はどこか腑抜けたような体たらくで俺の言葉に始終頷いたりへらへら笑ったりしていてどうも俺の夢想していた世界とは少しばかり違うような気がした。

仕方なしにジッと虚構の壁に寄りかかっていると、吊り革を握り締めたスーツ姿のサラリーマンらしき奴が俺に近づいてきて、こんにちわ僕昨日からここに来たんですよ僕たち新人同士仲間ですねまっ僕の方が先輩ですけどぐふっ、実は昨日僕リストラされたんですよリストラ、だからねこんな世界があったらいいなーって電車の中で思ってたんですよポカリ飲みながらね、そしらたらこの世界でしょあっこの吊り革はね付いてきちゃって離れないんですよ好かれてるんですよきっと、とぼそぼそと言い水平移動しながら俺の視界からフェードアウトしていった。好かれてるんですよきっと。好かれてるんです。

男が完全に水平線の彼方へ消えたのを確認するとすぐ青いチョッキをまとった子供だか大人だか判らない男が近づいてきて、やぁ初めまして彼は少し頭がおかしいんだ相手にするのは時間の無駄だよ、とこめかみの辺りで指を回した。ねぇ僕はここにもう既に五十年近く居るんだけどさ大分慣れてきたんだこの世界にさ、それほどここに適応するのは難しいんだでも僕にはこの世界があってるんだほら見てみなこの鼻を、ふふふ僕さ騙されたんだよ皆に、今日は嘘を吐いても良い日だって言われたんだそれで嘘をいっぱい吐いたんだそしたらこのザマさ、あの爺に騙されたんだあの爺にね、ほら僕の身体を触ってみな堅いだろこれ木で出来てんだよ凄いだろ、僕は木で出来てるんだ、だから僕にはこの虚構の世界の方がいいんだよなんってたって嘘で出来てるんだもん僕みたいにさ。そしてそのままディスアピアー。

しばらくの間、目を見開き、呆然と隅の方で佇み遠くを見ているようなそれでいて近くを見ているような感覚に陥ってそろそろ俺も終わりかと弱い頭で考えていると、遠くで叫び声がした、狼だ、狼が来たぞ、喰われる、助けてくれ、助けてくれー!

助けてくれ。

助けてくれ。




この世界がもし嘘でも仕方がないさ

この世界がもし嘘でも騙されたいさ