悪魔の証明。

猫が鳴いたと思ってこの糞猫がぶっ殺してやるぜと息巻き殺虫剤とライター片手に探し回ってもどこにも居らず、よくよく考えてみるとと鳴いていたのは俺だった。


おいおい俺猫になってんじゃんでも俺殺虫剤とライター持ってるぜ、と自慢げにそれらを振りかざしスプレープシュー、ライターカチッ、二つ合わせて火炎放射器、ってな感じで炎を出してニャフンニャフンと笑っていると大家が降りてきて首の根っこを摑まれた次第で、てめぇ俺の皮が伸びるじゃねぇか、と言おうとするもどうやら奴にはゲフゲフとしか聞こえていない様子、ファッキンシット、貴様俺を舐めるのもいい加減にしておけよ酷い目にあうぜ、と隙を突いてすかさずキック、大家は突然般若の面になり、この糞ドラ猫の分際で私に逆らおうってのかいえぇ逆らおうってのかい!と切れだしたので、こりゃやばい、と思い取り敢えず謝ってみた。


前足を大家の肩に乗せてみたのが功を制したのか、どうやら大家は多少落ちつきを取り戻したようで、これからは気をつけるんだよ、と言い残して去っていた。置き去りにされた俺は特にすることもなしにぼんやりしていると、俺の飼い猫コロスケがちょろちょろと歩いているのを発見、おいコロスケなんだか知らねぇが俺猫になったんだよちょっと助けてくれ、と助けを求めると、


死ね


と言って去っていった。



突き刺さる西日が眩しい或る夕方。


五年間もの間寝食を共にした猫から裏切られる感覚、それがどれ程の哀愁を背負っているか貴様らには判るまい。毎日餌をあげた。毎日便所を掃除した。毎日水もあげたし、一ヶ月に一回はお風呂にも入れたやった、しかしその報いはこれだった。コロスケは俺のことをなんとも思っていなかった、否、或いは俺を憎んでいたかもしれないのだ。


絶望した俺は仕方ないので首でも括ろうかと縄を吊るし首を入れ足場を外したが、どうやら俺の首は自分の体重を支えられるほど強くなく、そのまま縄をすり抜けて落ちてしまった。尻だけが痛い。じゃぁ飛び降り自殺でもするかと思って三階から飛び降りたが、至って普通に見事に着地し終結。猫は強い。もう諦めて猫として生き、猫とセックスでもしてやるぜと考えるに至り雌猫とコンタクトをとったが、あんたの顔でアタイとヤれるとでも思っているのかいこの大木ボンドが、と言われて追い出された。


何かを喪失した気分。


しばらくの間、群青色から明けていく朝の空を見ては昼→夕方→夜、と変わっていくサイクルを何回か同じ場所で寝そべりながら見て、あーなんか腹も減ったし喉も乾いたけどもういいやこうやって俺は死ぬのか、と死という未だ考えもしなかったものが身近に迫ってくるにつれ俺はただ精神の奈落に落ちていく。おい俺よ、俺は俺か?俺は俺でないのか?俺は俺でないことを証明できるのか?それは悪魔の証明か?じゃぁ俺は俺であることを証明できるのか?


俺は俺だ。







どうやら少し眠ってしまったらしい。


気付くと、俺の横にミルクが置いてあった。


見覚えのあるそれは管理人の灰皿だった。



ところどころに浮いている灰が目に入ったのか、涙が止まらない。