○→●


【クイズ:○に入るカタカナ一文字を記入して当てよう!】


【ロッテのキシリ○ールガム】


ふと横を見るとそんな看板があった。


なるほど、これは難しい問題であるな、と思い立ちしばらくの間考えていたのであるが、全く思考が問題に追いつかない。看板上部には【ロッテのキシリトールガム】という文字が見えたが、まさかそのようなふざけた問題ではあるまい、なにせ懸賞が出るのである、安易な答えは自滅を招く。


まず、適当な文字を入れてみた。


仮説1:キシリパールガム


何にせよ、文字を当てはめていく問題では代入法が手っ取り早い。濁音半濁音合わせてもたったの六十六文字しかないので、66通り試すことにより確実な答えが導き出せる。初めに【パ】を選んだことに他意はない。俺が好きな文字だからである。


キシリパールなる新手の真珠を構成要素に取り入れたガムがあるのかどうか俺は知らなかったので、流行のグーグル氏に検索を依頼したところ、検索結果はゼロという無残な結果に終わった。流石にこの広大なウェブの世界で一人も知らないことが答えになるとは考えにくい。まず可能性が一つ減ったわけである、大いなる進歩である。


残り六十五文字。


そんな試行錯誤を繰り返した後、どの文字もグーグル氏のお眼鏡に適うようなお方はいらっしゃらないようで、唯一【キシリトールガム】なる言葉が十万件ほどの成果をもたらしたのであるが、これは前述の通りだ。まさかありえないだろう。いかにロッテといえどもそれほどの愚行を犯すとは思えないし、もしその答えならば奇をてらい過ぎている。探偵小説でいえば、犯人が読者であるようなものである。


仮説2:キシリωールガム


実はここで【ω】が使われるのではないだろうか。これは発想の転換である。人間はある種の思考の牢獄に囲まれてしまうとそこから抜け出せなくなってしまう。カタカナが続いているからといって、そこに漢字や記号が入らないという保障はないのである。


他にも、【キシリ糞ールガム】(キシリクソールガム)や【キシリ∫ールガム】(キシリインテグラルガム)などが私の頭に浮かんできたのであるが、【キシリωーガム】(キシリオメガーガム)が最っもしっくりくるのではないだろうか。なんだか少しばかり顔文字の様相を表しており、可愛らしいではないか。


しかしながらよく考えると、問題文に【カタカナ一文字】と書いてあるので、俺がニヤニヤと不気味な笑いを浮かべながら過ごしたロッテリアでの三時間は無駄に終わったようであった。何か有益なことが生まれたとすれば、何か汚らしいものでも見るような目付きで隣の女子高に睨まれたことくらいだろう。俺はそういったことに眼がない。


仮説3:実は●だった。


不意に、俺はその○を凝視してみた。


ジッっとその○に焦点を合わせていくと○が少しづつ頭の中の大きな部分を占めるようになり、それはやがて全てを覆いつくしてゆく、空っぽの○が幾重にも幾重にも重なりあって一つの巨大なオキュパイドされたマルへと変化してゆく。ぐるぐると俺はその中に吸い込まれてしまいそうになる。


例えば○であったならば、我々はその○の奥の空間性に対して何かしらの透明感を抱く事が出来るだろう、しかしながらそれが●であったとすると話は違ってくる、無限に広がる闇がそこを支配し、それは我々を捕らえて決して離さない、やがてその闇は俺の身体に纏わりついてゆき、最終的には俺そのものも●の中の部分として結合してしまうのである。もしロッテリアがそのようなトリックを使って俺を騙し、そして未来永劫続く漆黒の世界へ誘おうと言うのならば、俺は断固として戦わなければならない。逃げることは許されない。


そこで俺はちょうど良い所に自らが抱える豊満なボディに屈折した感情を抱いていることを主張しているような笑顔を向ける俺好みの店員さんを発見したので、この穴がどこに繋がっているのかを一つ尋ねてみた。彼女は輝く笑顔を零し続けながら、この穴はバナナ穴ですバナナの穴なんですバナナが入ってゆく穴なんです、と答えた。バナナなんてイヤらしい、と俺が言うと、いいいイヤらしいってなんですかっ、と顔を赤らめた。


皆さんはそうやってバナナ穴を単なる卑しい物であるとかサリンジャ氏の作品であるとかと仰ったりするのでしょうけれども私はもっとバナナ穴に希望を見ているんです、いくら世界が荒廃しようとも、いくら人間たちの心が穢れてしもうとも、私はバナナ穴には最後の希望であって欲しいんです、地球がある限り、バナナ穴は永遠なんです。


そう呟いて彼女は店の奥へと消えてしまった。


俺はバナナ穴を見たことはなかったが、確かにそれはバナナ穴なんじゃないかな、と思った。だいたいロッテリアの店員さんが答えを教えてくれているのであるし、間違いがあるはずがない。俺は官製ハガキに【キシリバナナアナールガム】と書いた。きっとこれで彼女も納得してくれる筈だ。俺は自らを納得させ、ロッテリアを後にした。



懸賞の期限は六月四日らしい。


ハガキはまだ投函していないが、問題を解けた人間など皆無に等しいだろう。


賞品は俺の物だ。