コラージュ・シアター
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私の仕事は、コラージュだ。
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今日も朝方になって突然「女の子と私の夢を糊付けしてくれないか」という依頼の電話があった。この仕事はあまり需要がない代わりに酷く時間が曖昧であり、真夜中の依頼もしばしばで、今日はまだいい方だった。
依頼主によると「会えば判る」らしく、私は日曜日の午前中から女の子に会うことになった。
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ブランシェ広場に行くと、カフェテラスに腰掛けている女の子がいた。
女の子は、小さな夢を持っていたので、私はすぐに判った。
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その女の子の肌は蛍の色をしていた。
華奢な体つきに、丸い大きな眼鏡をかけていた。
カメレオンのブローチが印象的で、虹彩を放つ瞳が常に輝いていた。
「今日は夕焼けを食べるの」と女の子は言った。
「今日の夕焼けは美味しいかな」と私は言った。
「うん、チーズを少しだけ挽いてかけると更にいいわ」
「なるほどね、私もチーズは好きだ」
「そっか。そういえばこれ」
女の子は私に、持っていた小さな夢を渡した。
その夢はまだ叶えられていない、美しい丸いスフィアだった。
「ありがとう、これは」
「うん、たぶん今日あなたに電話をかけてきた人の夢だと思うわ」
「君のお父さんか何かかな」
「みたいなものかもしれないけど」
「けど…」と女の子が言うとベルの音がカフェテラスに響いた。
「あっ、ちょっと待って」と彼女はピンクのワンピースのお尻に取り付けられた小さなポケットから電話を取り上げた。「うん、大丈夫、明日にはオルレアンの少女になれると思う、うん、きっと大丈夫。今ね、男の子とご飯を食べているから切るね、うん、また掛け直すわ、たぶん」
「ごめんね、お友達から」と電話をしまいながら、女の子はにっこり笑った。
「うん、大丈夫だよ」釣られて私も口元が上がった。
「私ね、明日ついにオルレアンの少女になれるの」
「それは、大事なことなのかな」
「もちろん」女の子は鼻を鳴らした。「私の小さい頃からの夢だもん」
「でも、失敗するかも」
「あら、失敗して欲しいのかしら」
「まさか、成功を祈っているよ」
「そうよ、いつまでも女が火あぶりにされると思ったら大間違いよ」
そう静かに言うと、女の子は立ち上がり、レジスタに向かった。
私はその後ろを追った。
「女の子に会計を任せるなんて」と女の子は私に振り返り、頬を膨らませた。
「ごめん、払うよ」私は慌てて財布を取り出した。
「いいのよ、あなたは仕事でしょ」
女の子はけらけらと笑いながらレジスタの前に立った。
レジスタには、豊かな髭をたくわえた男がいた。
「いくらかしら」と女の子は言った。
「370エコロジでございます」と男は言った。
「というと、これくらいかしら」
女の子は男のまぶたにキスをした。いくらか、肌が触れ合う程度の、キスだ。
少しだけ、淡い桃色がまぶたに張り付いた。
「ありがとうございます、50エコロジのお釣りでございます」
男は、女の子の手のひらに、真っ白な、カラスの羽を落とした。
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「ところでランチはいかがかしら」と女の子は言った。
「ランチに夕焼けは早過ぎないかな」と私は答えた。
「そうでもないわ、真昼間から夕焼けなんて素敵じゃないかしら」
「うん、確かにそうかもしれない」
「いい夕焼けを出すレストランを知っているの」
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そして、私たちは夕焼けを食べに、街の外れにあるレストランへ出かけた。
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そのレストランは丘の上にあった。
モンマルトルを抜ける長い坂道を登っていくとサクレール寺院がある。
昔は大抵ケーブルカーで上まで行ったものだが、たまには散歩するのもいい。真っ白なアパルトメントが続く下町。その中で、ふとした瞬間、私たちは背景と同化してしまう。細い木が並ぶ階段を、一段々々噛みしめて、足跡を残していく。丘の頂を西側に抜け、テアトル広場に出て、すぐに見える絵描きから三人目の絵描きが描いた風景画の中に足を踏み入れると、そこは、女の子の言う、夕焼けの美味しいレストランだった。
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「これは穴場だね」と私は言った。
「そうなの、私のお気に入り」と女の子はにっこり笑った。
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オーブンでこんがりと焼かれた夕焼けは、少なく見積もっても美しかった。
舌で転がる夕焼けのコンポジションを私たちは喜んだ。
いつしか、私たちは、夕焼けとなっていた。
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「凄く美味しかった」と私は言った。
「自慢のお店だからね」と女の子は誇らしげに言った。
「でも、ちょっと高すぎるよ」
「そうかしら」
「私の給料ではとても払いきれない」
「じゃぁ、今度は私が仕事を依頼するわ。そうすればまた食べられるでしょ」
「うん。そうだね」
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それから私たちは坂を下り、セーヌ川沿いを歩いた。
自然に私たちの足は、私のアパルトメントに向かっていた。
こういうのは不自然かもしれない。何故なら、女の子は私のアパルトメントがどこにあるかなんて知らなかったし、私も自分のアパルトメントがどこだか判らなかったからだ。でも自然とそういう方向に歩いていたし、ドアの前に立った時も、女の子は極々自然にバックから鍵を取り出し、扉を開けた。
靴を玄関に忘れていき、ソックスを脱ぎ捨て、ワンピースを一枚一枚丁寧剥がしていくと、あとはカメレオンのブローチだけになった。
私はカメレオンのブローチだけになった女の子をベッドまで運び、キスをした。
女の子は、私のシャツを、ぎゅっと握り締めた。
「だめ」
「なんで」
「だって、私、明日、オルレアンの少女に、なるから」
「それが関係あるのかな」
「オルレアンの少女は、やっぱりバージンじゃないと」
「そっか」
「バージンじゃないと、その前に火あぶりにされちゃうからね」女の子は笑った。
「うん、それもそうだ」私は、また釣られて笑った。
「私、火あぶりにされちゃうのかな」
いつの間にか女の子の声はかすれていた。
笑いながら、涙を流していた。
私は何も言うことが出来ずに、ただ静かに艶のある髪を撫でていた。
茶色がかった髪からは、ヒヤシンスとビスケットの薫りが漂ってきた。
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やがて、泣き止むと、女の子は、眠りについた。
その間、私は、女の子に、夢を、糊付けした。
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コラージュ職人には、依頼者が提示した以外に一つだけ加えて糊付けすることが出来る、というルールがある。たった一つだけだ。それ以外は許されない。もし糊付けしてしまったら、その糊付けした物から手痛いしっぺ返しがあるのだ。
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昔、私の友人のコラージュ職人は「大丈夫、ちょっと裏地に使うだけだから」と言って自分の【過去】を糊付けしてしまった。彼は既にその作品に【バナナの皮】を糊付けしていたので、ルールを侵したことになる。
「大丈夫さ、自分の過去が僕をどうにか出来るわけがない」と彼は言った。
「だってそうだろ。僕という未来がなきゃ過去だって意味はないんだ。僕に何かしらのペナルティを課すなんて間違ってるし、過去にもメリットはないよ」
そう笑った彼は、その【過去】に葬りさられてしまった。
【未来】はなくても、【過去】は生きていけるのだ。
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朝起きると、女の子は、眠そうな声で言った。
「あなたは私に何を糊付けしたの」
私は丁度トーストを焼いているところだった。
私はエスプレッソを飲みながら答えた。
「もちろん、夢だよ」
「嘘、それだけじゃないでしょ」
「うん、でもこれは言えないんだ、規約上ね」
「それは、いつか私に判ることかしら」
「もしかしたら。早ければ今日にも気付くかもしれない」
「でも、もう私はあなたには会えないわ」
「また雇えばいいのさ、夕焼けも食べたいし」
女の子は、そうね、と哀しそうに、笑った。
次、会うときには、もっと魅力的に笑うだろうな、と思った。
私は、魅力的に笑う女の子がとても好きだ。
そして、女の子は、魅力的に笑いながら、呟いた。
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「私の未来は明るいかしら」
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それから、一時間くらいして、女の子は出て行った。
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数日後、私がバルコニで日光浴をしていると、電話が鳴った。
「やぁ、君か」
「はい、私です」
「先日、少女と夢をコラージュして欲しいと依頼した者だが」
「存じ上げております」
「何をトッピングにしたのか判らないが、素晴らしい出来だった、君には感謝しているよ」
「ありがとうございます」
「ところで料金の方がまだだったね、いくらかな」
風が通りから、通りへと、なびいていた。
バルコニから外を眺めると、行き交う人々がダンスをしていた。
私はそれを観ながら煙草に火を灯し、ゆっくりと紫煙をくゆらせた。
電話越しに、男が、支払いについて話している声がする。
私はそれを静かに制した。
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「いいんです、もう、貰いましたから」