チェリー君(四十五件)(23:46)
子供の名前は何がいいかなぁ、というような話をしていて、私は太宰治が好きですので「桜桃」と云うような名前がよろしいのでは、と応えました。
ただ、「桜桃」と書くと、「さくらんぼ」と読みますので、もし男の子が生まれた場合、「ちぇりーちぇりー」と馬鹿にされるに違いありません。
「ねぇねぇ、桜桃君って、まだチェリーボーイらしいよ?」
「まじで?童貞が許されるのは小学生までだよね?キャハハ」
「ち…違うよ、ぼ…ぼく、童貞じゃないよ」
「あー、桜桃君が嘘ついたー、先生、桜桃君がまた嘘ついてます」
「あらあら桜桃君、また嘘ついたの?」
「そうです、桜桃君は嘘つきです」
「駄目じゃない、あなたはどう見ても童貞なんだから、ちゃんと本当のこと言わないと」
「ど…」
「どうしたの?先生!また童貞が何か口答えしてます」
「ど、童貞の何が悪い!!」
「え…!」
「童貞も守れないで何が守れるんだ!!」
「い、いや、そんなこと言われましても…」
「お前らは間違ってる…、童貞がいるからお前らは生きていけるんだ、童貞あってこその地球じゃないか。なんでそんな簡単なことを忘れてしまったんだ。童貞に感謝し、童貞を祝福する。それがこの、宇宙船地球号で生きている俺たちの定めじゃないのか?そうだろ、先生?俺たちは大切なことを忘れてしまっていた。でも、まだ遅くない。これからでもやり直しはきく。次の世代に、童貞を、残そう」
その時、誰かが、小さな拍手をした。
そこから拍手の連鎖が教室中を包み込み、やがてそれは喝采となった。
童貞を称える声が響き、各地から賛美の言葉が漏れた。
『初めて童貞について考えた。童貞の尊さに気付けた』―38歳主婦
『たった一人の童貞にカンヌは震撼した。これは童貞史に残る革命だ』―ル・モンド
『最近父親の病気がよくなった。すべては童貞のおかげだ』―サッカー日本代表
『亀田親子が凄くいい奴になった。童貞は素晴らしい!』―TBSアナウンサー
「桜桃君、ごめんね」
「いいえ、先生が悪いんじゃないんです。この社会が悪いんです」
「私、童貞君を見直しちゃった」
「じゃぁ、今夜、パークハイアットのスイート予約しておきます」
「了解、じゃぁ、今夜九時に」
「今夜九時に」
すべての童貞に、捧ぐ