幸せ人生設計

毎日毎日延々と続く日常の中、秋葉原デパート二階の百円ショップで手に入れた十万円貯まる貯金箱に五百円玉をせっせせっせと注ぎ込んでは遠いディスタンス、遂にその貯金箱が十箱に達したということで、【うまい棒】を十万本買うことにした。


俺のかねてからの夢である【うまい棒で送る人生】の実現に際し、流石の俺も喜びを隠せず、とうとう【うまい棒】を買いに行こうという前日には、花火まであげる始末、おいおい俺よぉ、そんなに嬉しさ余って周囲の人間にこの計画がばれちまったら長年温めてきた成果も水泡に帰す、なんと言っても十万本もの【うまい棒】があれば、一日一本辺り消費しても二百七十四年、朝昼晩と【うまい棒】三食付で豪勢に食卓を飾ったとしても約百年も生き延びられる寸法だ、日ごとの味の変化によって飽くなき一生を過ごせるということを考えれば、たった百万円で俺の人生が保障されるということ、悪くない話である。


しかしもしもその計画が誰かに知られた時は事である、なにせ僅かな金銭で豊かな暮らし向きを実現できるとなると金持ちの吝嗇家どもが黙ってはいまい、すなわち【うまい棒】の買占め、生産ラインを超えた需要が日本中から寄せられ、極々一部の富豪どもによってマーケットはパンクさせられ、我々労働階級の人間は【うまい棒】の【う】の字すら見ることのできない実情に追われることになり、その後は勿論【うまい棒騒動】の勃発、貧民達の打ち壊しから始まり、ええじゃないか一揆、またそこから負の歴史が始まってしまうのである。


そんな禍根の残る未来を俺は次の世代に残したくはない。


だから俺はこの計画を決して他人に露見しないようにこれまで振舞ってきたし、それはこれからも変わらない。道では出来るだけ日陰を歩き、どんなことが起ころうとも表舞台には立たない。俺が【うまい棒】を愛していることなど言うまでもなく知られてはならないし、ましてや実は【カニシューマイ味】が好みなんです、なんてことは誰の耳にも入れてはならないのである。全ては今までと変わらず、そう他人には感じられるように過ごし、秘密裏に行われなければならない。俺はそう決めていた。


そして、遂に時は満ち、俺は【うまい棒】十万本を手に入れた。



あれから三ヶ月が経った、初めの方は嬉しさの余り一日十本二十本は当たり前のように食べていたが、アリとキリギリスではやはりアリが生き残るのである、ということに気付き、なんとか徐々に本数を減らしてゆき、今では一日三本昼寝付きの生活を満喫している。まだ五百本ほどしか消費していないので本数にして九万九千五百本、このままゆけば明るく素敵でパーフェクトな未来が待っているのである。


最近では【うまい棒】とコミュニケーションがとれるほどになった。俺が「近頃どうよ」と問えば「ぼちぼちでんな」と【たこ焼き味】は答えるし、俺がその日の出来事を話してやったりすると「COOL!!」と【バーガー味】はまるで自分のことのように喜んでくれたりする。つまり既に我々はツーカーの関係とでも言えるような共存体制の中にいるのである、我々は全てで一つ、一つで全て、誰しも我々を別つことは出来ないし、死ぬまで一生を共にするのである。


だがそんな我々にも最近では綻びの兆しが見えてきた。初めは【ポタージュ味】が訴える不調であった。


突然真夜中に【ポタージュ味】がしきりに「ねぇねぇ…ご主人…、助けてくれよ、なんだかお腹が痛いんだ、痛くて痛くてどうしようもないんだ、お薬をくれないかい」と呻き声をあげだしたのである。これは大変一家の一大事であると俺はポタージュを励ました。「おい、ポタージュ、大丈夫か、お前どうしたんだ、痛いのか、でも俺はお前たちを買うのに全てのお金を使ってしまったのでもう薬を買うはした金すらないんだ、こんな駄目は俺を許してくれポタージュ」「もう僕は駄目だよご主人、僕は死ぬ運命みたいだよ、だからさご主人、僕を一気に食べてくれないかな。そうすればさ、ほらこんな腹痛で死んじゃった、なんて汚名で死なずにすむじゃない」【ポタージュ味】は静かに微笑んだ。俺はいたたまれない気持ちを抑え、「何を言ってるんだポタージュ、俺にはそんなことは出来ない…、我が息子のように可愛がってきたお前を俺に食えと言うのか…、そんな罪悪を一生俺に背負えというのか…」【ポタージュ味】は笑ったままだった。俺は泣き崩れた。たった一人の我が【ポタージュ味】すら救えない、そんな自分に腹がたった。


頭の中で【ポタージュ味】の囁き声が聞こえるような気がした、僕を食べて、ねぇ、ほら、そうすれば僕は楽になる、そうでしょ。俺はその声を必死に払いのける、まさかそんなことが出来るわけがない、病気で苦しむ【ポタージュ味】を食べるなんて、そんなことが…。しかし、目の前で微笑を絶やさない【ポタージュ味】を見ていると、もしかしたら【ポタージュ味】のことを救ってやれるのは俺だけなのかもしれない、とも思えてきた。不意に涙が流れる、その涙が【ポタージュ味】のパッケージを濡らす。「泣いているの?」それまで無言を通してきた【ポタージュ味】が一言呟いた。「違うよポタージュ、確かに俺は泣いているけど、それは哀しいからじゃないんだ、お前をやっと食べられる嬉しさからなんだよ、だからお前は安心して俺に食べられなさい」【ポタージュ味】は弱々しく、それでいてしっかりと頷いた。僕安心して食べられるよ、笑いながらも必死に涙を堪えたまだ幼さの残る顔がそこにはあった。


そして俺は【ポタージュ味】をゆっくりと頬張り、安らかな眠りにつけた。


【ポタージュ味】から染み出るコーンポタージュの絶妙なハーモニ、それはいつか遠い日に過ごした甘酸っぱい青春の日々を思わせるような味わいで、それから永遠と俺の心を掴んで離さなかった。



それから毎日だ、【サラミ味】【納豆味】【マリンビーフ味】【ギョTHE味】、日を追うごとに彼らは苦しみを訴え、俺は一つ一つ彼らを処理していく、それは宛らルーチンワークと化しており、俺は淡々としたリズムでそれをこなしていく。そこには既に感動も哀しみも憐れみの一つもない単なる作業であり、彼らもそれを知っているのか、ただただ、食べてくれ、と一言だけを残して俺の胃の中へと吸い込まれていった。いったい何故彼らがそういう病気に次々と罹っていくのかは謎に包まれていた。何かしらの伝染病かとも一時は考えていたのであるが、俺がそうならないのは不思議であるし、何より、伝染病だとしても金も知識もない俺には対処にしようがなかった。ここに来てお手上げの状況とはこのことである。


そんなある日、俺はたまたま床で眠りについていた【カニチャンコ味】を手に取り、そのパッケージに目をやってみた。そこには原材料や内容量が示されており、別段怪しいところはなかった。しかし、たった一つ怖ろしい数字がプリントされていた。俺はそれに気付かずに浮れて十万本もの【うまい棒】を買い、一生生きていけるだのなんだのと喚いていたのである。


どうやら賞味期限は三ヶ月、すなわちだいぶ前に奴らを安全に食せる期間の終わりが来ていたことをその数字は告げていた。




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